平野郷・歴史街道を歩く2                        歴史街道を歩く3

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現在の西末吉家
2010年09月26日
中世以降、荘園の近辺に大念仏寺などの有力寺院が建立されて・・・地元では末吉氏など有力者が中心となって自治都市が形成されていった、さて 戦国時代に入ると戦火の襲撃、織田信長から身を守るため荘園の周囲に環濠を張り巡らせた、この辺りから環濠は整備されて行く事になるが 結局は織田信長に屈服するに至り その後豊臣秀吉が天下を統一を果たすと町の有力商人は天王寺村に移住させられて環濠は埋められて行った 此があとの大阪の役で徳川方に付く一因となり その為徳川家康の陣が平野に設けられた 其のおり末吉氏は平野地区の代官に任ぜられ戦いで荒れ果てた町の整備を行い乍、環濠も再度堀直されて行き元の荘園が復元した この頃から【平野郷】と呼ばれる様になった様で有る

呉服屋 (まつや)
2010年09月26日
平野町ぐるみの博物館  実際に歩いているとうなずける、此処、まつやのご主人は全くの生き字引的存在 明治、大正、昭和を駆け抜け9.5ミリと云うトーキーで実演してくれる貴重なフイルムは戦火に遭わなかったので今も健在、本業は呉服やさんだが商売は二の次的思考なのが羨ま  しい 流ちょうな浪速弁は 聴いてい癒される



歴史街道、おなじみのプレートが路地の奥まで続いていて皆さんを案内してくれます




今回案内役を務めて頂いた平野区役所定年退役された塚原さん
東末吉家の前にて





平野区に現在造り酒屋は無いが伝統の平野饅頭本舗平野歴史の散歩に足を止めて見ては如何




  平野郷ど真ん中商店街





樋ノ尻口地蔵 平野郷13カ所ある出入り口にはおのおの地蔵さんが祭られているこの前を過ぎると樋の尻橋・・・奈良・八尾方面だ




資料を基に説明していただくと解りやすく有り難く思いました